私が『子どもの居場所』を作る理由 #4

~子ども時代・ママとして・妻として乗り越えた困難~

~子ども時代・ママとして・
     妻として乗り越えた困難~

6歳の頃
[カーテンに火、子ども服を燃やされる]

私の父は、仕事の無断欠勤を繰り返してはクビになり、部屋に引きこもって朝から晩までお酒を飲み続け、昼夜問わず突如暴れ出す人だった

幼かった私には、父がなぜ暴れるのかは理解できず、記憶も断片的でしかないので、その日も急な竜巻に襲われたような感覚である

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いつもながら目がうつろで、足元もおぼつかない父が顔を真っ赤にさせ、部屋から出てきて怒鳴りはじめた

その父を、母がなだめている

私は恐怖心でいっぱいだったので、2人のやりとりはまったく理解できていなかった

すると父が突如、家のカーテンに火をつけた

その火に向かって父は、私たち3姉妹の服を投げはじめる

母は私たちに
「外に出ていなさい!」
と避難を促し、1人で必死にその火を消そうとする

当時、古いアパートに住んでおり、玄関扉についた新聞受けが壊れていたので、そこから部屋の中を覗くことができた

カーテンの火がどんどん大きくなる

家の中に大きな火がある事も怖かった

鬼のように化した父がその火の中に子どもの服を投げ続け、母が泣きながら消火している光景は壮絶だった

その時も私は激しく泣いていたので、記憶はここまで。その後どのように終息したかは覚えていない

幸い カーテンの火は、そこのみで消火されたようで、他に燃え移る事はなかった

ただ 部屋の中に焦げ跡が残り、それを見るたびに私はその光景を 記憶に刻むように何度も思い出していた

壁や扉にあるキズはどれも、暴れてる父を思い出すシルシになっていた

そのため私の思い出の記憶はどれもマイナスな事ばかりで

楽しげな雰囲気の昔の写真を見ても「こんな日もあったんだ」と、どこか他人事のような感覚にある

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3人の子育て中の私は、我が子に『楽しかった記憶』を残してあげたいので、できるだけ家族旅行や友達と遊んだ時の写真を、自宅に貼るようにしている

「こんな日もあったね」と
子どもたちには楽しかった記憶を刻ませる

楽しかった記憶を思い出すたびこの子達は、多少の困難の壁にぶつかっても、乗り越えていける強さが育つだろう

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では次回は

■小学1年生の頃
[泣きながら母を起こす朝]

のことをつづります

またみてね!

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このブログは、私 小林が2020年10月から「子どもの居場所」活動を始める至った経緯を綴ります

発信する目的は、多くの人に私の活動を知っていただき、子ども支援の輪を広げる事です

今は「子ども」に特定していますが、今関わっている子ども達が大人になっても「自分の居場所」として帰る場所の一つになるように

また、支援者の仲間たちが集い、子ども達の成長を見守る拠点の一つになれるように、実績を重ねながら対象の幅を広げていきたいと考えています

当活動を通して、子ども支援に関心を持っていただけないでしょうか

企業や個人の皆様からの支援を広く求めております。子ども達が安心して過ごせる、第三の居場所づくりの応援をよろしくお願いいたします